娘が中学生(jc)になるお祝いとしてipod touchが欲しいなどと言い出した。
僕はやれやれと思った。「やれやれ」
ipod touchは2010年9月に発表されたものが最新機種なんだ。いつ新製品が出てもおかしくないから新機種が発売されてから買ってやるよと僕は言った。
現行のipod touchはマイクも付いているのでskypeやLINEなどネット電話のアプリをインストールすれば電話としても使えるとか。無料なんだから友達と長電話したりもOKだよね。
しかしLINEは注目ですね。普及するかなぁ。女子中学生、女子高生が友達同士って感じで登録しだすと爆発的に定番化すると思う。現状は登録するために携帯電話の番号が必要(なので携帯の契約なしで使うことはできない。)だけどこれも普及さえし出せば不要という判断もできるはずだし。
iPod touch は次期機種で3Gスロットがつくかも?という噂もあります。そうなったらiPhoneとほとんど差がつかなくなっちゃいますね。

Apple 新商品 iPod touch 32GB
海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE を見てきました。
全体的に「宇宙刑事ギャバン」リスペクトに溢れている素晴らしい作品でした。
ギャバンが登場して何かしらアクションをしたりセリフを言うのを聞くだけで涙が溢れて感動しました。
中学生の頃に宇宙刑事シリーズが好きだったのですが周りからは「中学生にもなってあんなもの見るなんてちょっとおかしいんじゃないの?」っていう感じでしたが、あれから30年経って息子と一緒に宇宙刑事ギャバンの映画を観るなんていう素敵な未来があるとは思っても見ませんでした。もしタイムマシンがあるのなら、あの頃の自分に聞かせてやりたい。生きていてよかった。一生の思い出になるエピソードになった。
とにかくギャバンがかっこよく、美しかった。
冒頭のドルギランとゴーカイ・ガレオンの迫力ある空中戦もすばらしかった。
「男なんだろ」「よろしく勇気」など主題歌の歌詞に絡めたセリフがありニヤリとさせられるシーンも。
最後の最後は宇宙刑事シリーズのファンなら誰もが知っているあのシーンのオマージュ。
そして、誰もが「例のアレはあるのか?」と注目していた「例のアレ」はありました。現代の映像で蘇る例のアレ。生きていてよかったと思いました。
しかし一条寺烈は今の若者に比べると小柄なんだな。と。あぁ、あの小さな体でマクーと戦ってたんだ。地球を守ってくれてたんだ。と思うとなんだか涙が溢れてきました。
最後に一条寺烈がマーベラスに言うセリフは映画館にいるお父さんたちにむけられたセリフなんだろう。
宇宙刑事ギャバンを知っている人はみんな見るべき。
ストーリー:☆☆☆☆☆(満点)
映像:☆☆☆☆☆(満点)
ギャバン:☆☆☆☆☆(満点)
総合:☆☆☆☆☆(満点ダイナミック!)
1Q84 BOOK1をやっと買って読み始めました。
悔しいくらい面白いですね。まだ途中なんですけど結構高い本なので勿体無くてゆっくり読んでます。何も考えなかったら1日で読んじゃうだろうなぁ。
村上春樹さんの本を読み始めたのはごくごく最近です。
最初に読んだのは「ノルウェイの森」。感想は「え?ものすごいベストセラーって話だけど何これ?」「ドラマ仕立てのAVじゃないすか?」などという感想でした。すいません。
その次に読んだのが「ダンス・ダンス・ダンス」だったかな。これも「都会的な小説」としか感じませんでした。面白いとは思わなかった。あまり印象に残っていません。
海辺のカフカは少し面白いと感じましたね。
その後「村上春樹 雑文集」を読んだことで村上作品の読み方が変わった気がします。「ねじまき鳥クロニクル」「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を続けて読んだのですが、これがすごく面白かったのです。
もしかして、今、ノルウェイの森とダンスダンスダンスを読み直したら印象が変わるのかも知れませんね。
ということで、今は1Q84を順番に読んでいくところなわけです。
村上作品というのは賛否両論があります。僕自身も先ほど書いたように当初は全く面白くないという感想を持ちました。
村上作品の面白さっていうのは読む人のイマジネーションが広がっていくようなそんな感覚を楽しめることなんじゃないかと思います。
受身で村上作品を読むと何にも面白くない。「は?で、何?」みたいな感想になると思う。
小説っていうのは案外、押し付けがましいものが多いように思います。国語の授業で習うような名作は、テレビを見てみんなが同じ所で笑う的な、みんなが「共感」できるものを押し付けてくるようなものが多い気がします。、そういうわかりやすい物語というのが多い気がします。「だから、人を愛するって大事だよね」「信じる気持ちがあれば大丈夫だよね」「親、兄弟、友達、リスペクトしようぜ」みたいな。みんながみんな同じ印象を持つ物語。
物語は、そこに「作者が伝えたい思い」なんて込める必要はないのです。そういうのが普通に伝わってくる物語なんて面白くないのです。物語が面白ければいいのです。
そういう意味では村上作品というのはものすごく自由に書かれてるなぁ。と思うし「この人は自由に書く人だからこの物語はどうなるのだろう」という物語を読む面白さが半端ないですね。「広げた風呂敷をしまわない」可能性が大きいので余計にドキドキして読むことになります。全く先が読めないわけです。
っていうか、みんな自由にすればいいよね。説教臭い物語もそれはそれでありだろうし。
やれやれ、僕は記事を書くのをやめて「公開」ボタンをクリックした。