視野が狭い人は近視になりやすい?広い人は近視になりにくい?

 同じように子供の頃からゲームをやっているのに、目が悪くなる人、悪くならない人がいるのはなぜなのか。なぜ東アジア人は目が悪くなりがちなのか。いろいろ考えているのですが、最近、気になるファクターがあります。

 それは「視野」です。例えば何かをふと見つめる時にどの範囲を見ているのか。
 これは無意識であるし、他人と比べることもできないので、他の人はどんな風に見ているのだろうかと。

 仮説ではありますが、例えば何かを数十秒見つめているときに、どんどん視野が狭くなっていく人と、視野が広くなっていく人がいるのではないか。と。
 ちなみに私は視野が狭くなっていくタイプです。
 
 私は視野を拡げるような動きの練習をしているのですが、視野が広がる瞬間にピント面が近くに移動するような感覚があります。

 ここから仮説ーーー
 視野を広くする目の動きは、より近くを見ることができる。この動きは通常の水晶体の動きや眼軸を伸ばすのとは別の動きである。
 逆に、視野を狭くする動きは、遠くを見る形になるがその状態で近くを見るためには水晶体では間に合わず、最終手段である眼軸を伸ばす方法で近くを見ることになる。
 そのため、視野の広い人は狭い人に比べて近くを見る際に目の負担が少ない。
 普段から視野を狭く見るくせのある人は、近視になりやすい。
 普段から視野を広く見る癖のある人は、近視になりにくい。
 ーーー仮説ここまで

 この仮説について合致する現象や経験を上げていきます。

 私が20年ほど前に持っていたとてもとても画面の小さいノートPC(富士通InterTop)がありました。この画面を見ているとものの5分程度で目が痛くなる。という現象を経験していました。他のPCを同じ距離で見ていても全然問題ないのに、このInterTopだけ目が痛くなるのでした。目が痛くなるとその後に必ずと言っていいほど強烈な頭痛になっておりましたので何が頭痛を引き起こすのかといつも考えていたのでよく覚えているのです。
 画面が3.3インチの小さなスマホを使用しているときにも目が痛くなりました。しかしこのスマホを机の上に置いたり、ノートPC画面に立てかけたり、してスマホ画面の周りになにかがある状態にすると目の負担が少ないことも経験上わかっていました。
 写真を撮影する時にファインダーの中でピントをあわせるために小さな一点を凝視するとこれも目の痛みがありました。
 現像であがってきたリバーサルフィルムを覗くときもたいてい目が痛くなっていましたね。この前カメラの機材がしまってあるケースに昔撮影したフィルムを見つけたのでしばらく眺めていましたが、目の痛みと頭痛になりました。
 一点を凝視するとかなり目に負担があるということです。

 以前にも書きましたが欧米の人に比べて東アジアの人は近視の人が多いと言われています。これは、使用している文字が違うこと。漢字とアルファベットの違いではないかと以前にも書きました。以前書いた時はその理由を漢字は小さくて細かいけれど、アルファベットは単純だからではないか。と書きました。しかし、この「視野」という面から見ると一つの意味を成す文字の幅が違うから。という風にも言えるかもしれません。漢字が1文字や2文字で意味を表現できるのに対して、アルファベットはたくさんの文字を使用する。
 「扉」
 「door」
 「米」
 「rice」
 「自由の女神像」
 「Statue of Liberty」
 と言った具合に、感じに比べて英語の一つの意味をなす文字の横幅が広いのです。おそらく欧米の言語はほとんど同じ傾向にあると思います。欧米の方は東アジアの人間に比べ、文字を読む時の視野が広い。そのため、近視になりにくい。逆に言えば東アジアの人間は1文字または1文字の漢字を見るために視野が狭くなっている。そのため近視になりやすいのではないか。

 20年ほど前に「速読」の本を読んだことがあるのですが、速読を練習する過程で視力が向上する人がいる。と書いてあったように記憶しています。その速読の本では、1行1行を読むのではなく「ページ1枚をバッっと」見る。のだと書いてあったと思います。まさに視野が広くないと出来ない技だと思いますし、それを訓練する過程で視力が向上するということであれば、視野の広さと視力になんらかの関係性があるといえるのではないでしょうか。

 私は子供の頃からTVゲームや液晶の小さいゲームが大好きでした。しかし「ゲームが下手くそ」でした。今でもそうです。これは今考えてみれば視野が狭い事に由来するのかも知れません。シューティングゲームでは、自分の操作しているキャラクター周辺しか見えないので敵の攻撃を避けたりする準備が遅れてしまいがちでした。
 運動神経はいいほうですが球技は苦手でしたね。これも視野が影響していたのでしょうか。

 実はこの記事を書こうと思い立ったのは、こちらの動画を見たからです。

 瀬戸弘司さんが、美人と目を合わせられない。という話なのですが、私も人の目を見て話ができない人なので、みんなどうしてるんだろうと思っていました。
 私は自分の嫁や家族でさえ、じっと目を見て話すことができません。他人の目を見ていると、どんどん目の中心に集中してしまってその人を観察しているような気になって、それはとても失礼なことをしているような気になってしまって、視線を離してしまいます。この動画の中でも鼻を見ればいいとか言われるが、そんなのできない的なことを言われていました。私も以前、鼻を見ればいいと聞いて試してみましたが、その人の鼻を見ていると鼻に集中してしまって毛穴とかそういう部分を見ているような感じになって視線を外してしまう感じでした。

 おそらく、人の目を見て話せる人はその人の視野の中心が相手の目にあるだけであって、広く顔全体、もしくは体も含めたその周辺を見ていると。それも無意識で、自然に。

 視野の広い人は、相手を見る時にこんな風に見えているのかも知れません。

 しかし、私はこんな感じに見えてしまう。そしたらやっぱ恥ずかしい感じがしますね。

 瀬戸弘司さんもメガネを掛けていらっしゃるので視力が悪いのではないか思います。
 流石に視力が悪い人はみんな視野が狭いんだよ。とか言うつもりもないですが、相関関係がある可能性はあるのではないかと思います。

 視野と近視について書いてみました。自分の仮説を正しくするために都合の良い現象ばかり書いていますので、ちょっとハマりすぎている気もしますが、なんらかの相関関係があるのではないかと言えるのではないでしょうか。